はーい、こんちわわ。コーチとディオールの収集に飽きて、もともとの趣味のジャズピアノにはまりまくっている安ちゃんです。
最近、というか、かなり前から精神科の読み物を書かなくなってしまいました、というより書けなくなってしまいました。理由はいくつかありますが、「啓蒙」できるほどの臨床経験がない、ということだったり、知識量が足りないということだったり、まあ、この二つは本をよく読めばクリアできることだったりするのですが、最大の理由は「家に帰ってまで精神科のことを考えたくない」だったりします。
安ちゃんが精神科医1年生のとき、家に帰ったら患者さんのことは忘れなさい、といわれました。それはある仕事についている人が、「家に帰ったら仕事を忘れないと不調をきたす」と言われることと一緒ですが、精神科医2年生の私はその禁を破ったわけなのです。
私は他の科での臨床経験が1年8ヶ月あったため、精神科医としての経験が4年しかないのに精神保健指定医を取りましたが、その精神保健指定医を取る前に精神科読み物を書いていたのは、ひとえに「自分の日々勉強していることが面白くて仕方ない」と言う気持ちだけだったような気がします。そして、それは精神科医2〜3年生がやりがちな儚いゲームに過ぎないことも私は理解してきています。
メルマガやこのブログの存在、サイトの存在も今は「僕はここにいるよ」と言ってメールアドレスを提示するためのもので、読者さんともSNSやミクシィを通じて仲良しになってしまった。何より、リアル友人に「西宮安里」という私のハンドルを公開している以上、以前のような無責任なことは書けなくなってしまった。否、それでも無責任を貫くことが安ちゃんの存在意義なのかもしれない。
もしかしたら何処かで私に会うかも知れない。それはちょっと気分にむらのある、ケバい女医さんである。はっきり言ってリアルの私はちょっと癖のある人間だ。
ネットの私はまだまだ存在するだろう。おそらく、今一生懸命勉強しているジャズピアノがひと段落したら、書くことが私の存在意義と再びなるであろう。それまでこのブログはあくまでも気まぐれな情報だけを発信していくことになると思う。
と言うわけで、これからもヨロピク。
6年前医者に戻る前はジャズピアニストをしていました。で、ジャズでは食えず、もって回ったように水商売系のアルバイト。ピアノを弾くという口実で安く使われていました。そんなときの化粧品はみんな「ちふれ」。若かったので、何を使っても平気で、何を使っても似合ったのです。
そんな私も三十路半ば…。
26歳で医師免許を取って、30歳まで遊んでいて、1年の大学病院勤務を経て、そのときはまだおしゃれもしていて「キレイな女医さん」で通ったものの、31歳から、総合病院精神科勤務で「眼鏡のノーメイクの女医」になって数年経過、いろいろ覚えたし資格も取ったけど、ある日休日に化粧をしてみたら、目の下に細かい皺があることに気がつきました。
いつまでも安物を使っていてはいけないんだな、と。
それでいろいろネット化粧品にはまりましたが、気がついたことがひとつ。
「メイク落としをまじめにやっていれば、たいていの化粧は乗る。」
今まではビオレの簡単なメイク落とししか使っていなかったのですが、まじめにメイクオフするようになって肌が違ってきました。それでもって、今まで乗らなかった化粧品を片っ端から使って、フルメイクで勤務に行く安ちゃんでした。出会いは、、、ありませんね(笑)