メールマガジン拝読しています。
経験談の募集をされているのを目にし、
メールを送ることにしました。
私は28歳で、3歳の娘がいる者です。現在は夫と別居中です。
モラルハラスメント被害者同盟をいつも見ていて、
このメルマガの紹介があったので、登録しました。
ずっと、「自分が経験したことは、モラハラなんだろうか、
違うのだろうか、誰かに聞いてもらいたい、
モラハラ被害者同盟で書き込みをしようか、
管理人さんにメールを送ってみようか」と悩んでいたところ、
メルマガで経験談を募集されていたので
勇気を出してメールすることにしました。
先日、モラハラ被害者同盟で紹介されていた
別冊YOUの漫画のように、私の夫は、トマトを落としたとか、
ドレッシングがいつもと違うなどと言うようなことで
謝らせたり、ワナワナしだすというようなことはありませんでした。
家事を完璧にしなければいけないとか、そういうことはなく、
むしろ完璧にしなくても文句を言わない自分を、
いい夫だと自慢するようなところがありました。
夫は中学校3年生のときの担任です。
情熱的な教師でしたので、結婚後に、県内の金八先生と
人から聞いたこともあります。
卒業した後、私から連絡を取り、
高校1年生の夏ごろから付き合うようになりました。
確かに、些細なことでいきなり怒り出したり、
理由は分からないけど不機嫌なことはありました。
何か怒っているのかと聞くと、必ず「別に」と言われ、
明らかに不機嫌なので、また聞くと「怒ってないって
言ってるだろうが!」とさらに怒られました。
でも、漫画のように「もっと使える女かと思ったのに」とか
「役立たず」というような、そういう、冷たいというか、
あからさまな言い方をされることはありませんでした。
それよりも、日ごろから「オレは大学で発達心理学を
学んだから分かるんだ」と、私のことを「生い立ちのせいで
心が病んでいる」というようなことを言ったりしていました。
私は、事実、家庭の事情がとても複雑です。
彼は担任だったので、そのことを知っています。
中3のときは、彼が私の家庭の事情に首を突っ込んでくるのが
とても嫌で、最初は腹が立っていました。でも、いつの間にか
そうやって親身になってくれる彼を好きになっていました。
その言い方も、「君の心は、周りは温かいもので
ごまかされているが、分け入っても分け入っても闇で、
中心に近づくほど吹雪のように冷たく、
真ん中は空っぽの空洞だ。俺は反対で、
周りは冷たいが、中心はマグマのように熱い」とか、
私のことを欠けたバケツに例えて、
「君は、愛情を注いでも注いでもかけているから
どんどんこぼれて、どこまでも満足しない」とか
「俺にはよく分かる、お前は虚無感でいっぱいなんだ」とか
「自己肯定感がない、基本的信頼感がない」とか
「お前は俺と出会ってなかったら堕落していた。
水商売をして、ろくでもない男にひっかかっていた。
そうならなくてよかった。オレみたいな男に
出会ってよかった」などというような感じの言い方でした。
それから、私が何か言うと必ず批評(?)してきます。
「浅はかだ」「物を知らない」「笑ってしまう」「ダメだな」など。
だんだん思ったことを言えなくなっていきました。
自分が考えていることが正しいのか、
そうじゃないのか分からなくなりました。
最初の頃は、嫌なときは、その都度「そんな言い方はひどい」と
言っていました。そうすると逆切れされます。
私が一生懸命、「なぜそういうことを言われる(される)のが
嫌なのか」ということを説明しようとするのですが、
「愛とは受容することだ。お前はそれがない。」とか言われたり、
なんだか分からないけど私が悪いことになっていました。
なんだか理不尽だ、という感じがあるのに、
彼に訴えても分かってもらえないため
イライラしたり、カーッとすると、
「お前は溜め込んでいきなり爆発する。
よくないところだ」と言われたりしていました。
それでも私が折れないと、「これで気が済むのか!」と
コンクリートに頭を(彼が彼自身の頭を)
ぶつけたりしたこともありました。
だんだん、高校2年生の冬ごろから、私は精神的に不安定になり、
感情の処理ができなくなって、自分はダメな人間で、
生きている価値がないような気がしてきました。
原因は分からず、混乱し、学校に行けなくなり、
いつも「死にたい」と思うようになって、リストカットをしました。
今でも、その傷跡が残っています。
リストカットをしたことで、彼には頬を叩かれました。
普段は暴力は全くありませんでした。
あの頃はいつも「彼は何でも知っている立派な人で、
そんな人に私みたいな人間はつりあわないんだ」
と思っていたことを覚えています。
そうして私が精神的に荒れると、彼は「思春期だから、
生い立ちのせいで不安定になっている」と言いました。
私の力になるという感じで、病院に行くことを説得され、
連れて行ってやるからと言うので行きました。
病院では彼が先に心理の先生と話をし、
生い立ちのことを話したようです。
彼は、私の母親には「こうなったのは
全部お母さんのせいですから、病院に行って、
(生い立ちのことを)洗いざらい話してください」と言ったり
私の学校の、私にとても目をかけてくださっていた先生が、
彼に会いたいと言って会ったときも、
彼は私の生い立ちのことを話したそうです。
その学校の先生は、私の母親に生い立ちのことを聞いたと
言っていましたし、私も先生に生い立ちのことを聞かれました。
彼は、私には「母親におんぶしてもらったりして、
子どもの頃をやり直したらいいんだ」とか
「オレは今仕事が大変だけど、必ず仕事が終わったら
家に行くし、病院にも連れて行った。お前の親や
先生にも会って話をした。俺は絶対見捨てない。」
「オレはお前の担任だったんだから、
お前に問題があることは百も承知だ。
それでもお前とやっていこうと決めたんだから、
見捨てたら俺は教壇に立てない」などと言っていました。
彼からは「お前は、オレがいないと生きていけない」とか
「俺がいないとお前はだめになる」などと言われていたので、
だんだんマインドコントロール状態になり、“つらいから、
余計に彼にもたれかかる”という悪循環になったように
思います。あの頃は「本当に自分はダメな人間で、
恥ずかしい」と思っていました。
高校3年生で結納をすることになった時、
結婚はまだしたくないから延期してほしいと訴えましたが、
「いまさら無責任」、「親(彼の)に何て言うんだ」、
「お前はすぐ途中で投げ出す」とか、
「結婚しなかったらどうするんだ。お前に何ができるんだ。
大学だって行くお金がないし、就職だって今の時分あるわけない」
など、あらゆることを言われ、聞いてもらえず、
その後、数時間泣いて訴えても無視されました。
高校を卒業してすぐ結婚して、それからは
「お前にぶつけることで精神の安定が保てる」、
「お前はいつも元気で笑顔でオレのことを
受容するべきだ」と日々八つ当たりされました。
私は「今日これを言ったら怒られるだろうか、
機嫌はどうか、学校で何もなければいいのに」と思い、
何か言うにもタイミングを計り、言い方を考え、
彼がどうしたら機嫌よくいてくれるのか考えて
生活するようになりました。
体調が悪いと「面白くない!」と不機嫌になられました。
精神的な不調はもっと許されませんでした。
機嫌がいいときは怒らないことでも
機嫌が悪いと怒られたりしていました。
明らかに彼が悪いと思い、訴えても、
「お前が何を言うか!」と始まり、職場の先生の話を出して
いかに自分が完璧に近い夫かということを話したり、
「オレだっていろんなことを我慢して生きているんだから」とか、
「オレが外で働いているからお前が生活できるんだから、
お前は俺を支えることが仕事だ」などと怒られ、
結局、何も言えなくなりました。
どうして謝ってくれないのか聞くと「オレはぜったに謝らない。
全てお前が悪いことになっているんだ」と言われたり、
「オレが何か努力したり、お前に歩み寄るということは
一切ない」と断言されたこともあります。
毎日とにかくつらく、逃げることも、
訴えたり立ち向かうこともできないため、
自分が楽になるには彼の言いなりになるしか道がなくなり、
「小さいことなのだから気にしないようにしよう」とか
「彼はとてもすばらしい男性で、この世の中に、
彼のようにすばらしい人はなかなかいない」とか
「私は彼がいないと生きていけない」、
「私は、そのすばらしい彼のことを、とても愛しているんだ」と
自分に言い聞かせ、彼に何を言われても我慢し、
全て笑って済ませて、多大な努力をして自分を殺していきました。
彼によって心を殺された、というよりも、
自分で自分の意識改革をした感じです。
そのため、表面的にはうまくいっていましたが、
その頃から呼吸がうまくできなくなることが起こるようになりました。
結婚後7年目に出産し、娘が生まれました。
妊娠中、ちょうど彼の父親の大腸がんの手術があり、
いつも「子どもは父親の生まれ変わりだ」とか
(その父親は今も普通に生きています。)
「俺の子どもなんだから、自閉症くらいの障害は必ずある。
障害はなくても、お前がそんなにアレルギーがひどいんだから、
アトピーは絶対にある。絶対苦労することになっているんだ」と、
彼に言われていました。
また、「子どもが生まれたら、お前は必ず生い立ちのことや、
母親との関係を見つめ直すことになる。
そのことを乗り越えない限り、子どもが変になる」とか、
「子どもが必ずどこかに導いてくれるはずだ」と
しょっちゅう言われていました。
産後2日目くらいに、病院で、私が子どものオムツ換えを
しているときに、彼が「この小さい唇をどっかの男が
奪うかと思うと…」と言い出し、さらには「ここにどっかの男の
チ○コが入るのか。嫌だなぁ。かといって
オレのを入れるわけにいかないしなぁ」と言ったのです。
また、子どもが3ヶ月か4ヶ月くらいの頃、
彼がお風呂に入れているときに、子どもの性器を眺めて
触っている(撫でている)のを、2回、目撃してしまいました。
この出来事で、少し彼との心理的な距離ができたように思います。
それからまた私の反抗が始まりました。
必死に彼に訴えたり、文句を言うようになりました。
彼は、相変わらずまくし立て、(本人はまくし立ててなんか
いないと言います)「人生とは苦行だ。」とか
「人生とは、垂直な岩を、素手で登るようなものだ。
ちょっと足場があって休めても、またすぐに
上り始めなければいけない。それは死ぬまで続く」
などというような感じで話をそらしたり、
私のことを生い立ちのせいで被害妄想的だと言ったり、
「お前はただ単にオレと向き合いたいだけなんだ。
だから議論を吹っかけてきて、議論するという形でも、
向き合えることで気持ちが落ち着くんだ」と言ったり、
「今は仕事が楽だからいいけど、これで仕事が大変だったら
オレは自殺しているかもしれない」とか
「外で人をブチ殴るかもしれない。刑務所に入るようなことに
なるかもしれない」とか、「オレが腕を切り落としたら
お前は気が済むのか!オレが目が見えなくなったら、
お前はオレを許してくれるのか!」などと言われたりしていました。
私は、彼が言うことに一つ一つ弁明や説明をしなければ
いけない感じで、話が通じないため、いつもカーッとなっていました。
そのことをまた彼に指摘されます。
私が感情の処理ができなくなって、物に当たったりすると、
胸倉をつかまれたり、床に押さえつけられたり、
投げられたり(彼は昔、柔道をやっていました)という
喧嘩になったことが3〜4回くらいあります。
それでも私が抵抗をやめなかったからか、そのうち
「オレは自信がない。もう消えてなくなりそうだ。」と
床に突っ伏したり、「オレはバカでダメで、自己中心的で
どうしようもない人間だ。オレの自信を元に戻してくれ!
回復させてくれ!」と言うようになりました。
私があまりにもひどいことを言っているように言われるので、
そんなに私はひどい人間なのかと思い、うつ状態になりました。
ネットでうつ病だろうかと調べていたら、人格障害というのを
見つけ、彼が言う私のパーソナリティにそっくりだったため、
私は境界性人格障害なんだと思い込みました。
それでも少し客観的な意見を聞く機会があったりし、
「おかしい、本当に私は人格障害なんだろうか、
私が全部悪いんだろうか」と疑問を感じるようになりました。
この頃、必死に何がつらいのか、自分の何がいけないのかを
探ろうと、ノートに、起こった出来事や自分が感じたことなどを
書きとめていました。この頃はまだ、暴力には、
精神的なものもあるということすら知りませんでした。
考えれば考えるほど、「私はおかしくないんじゃないか」→
「そう思うこと自体、私が人格障害だから人に責任転嫁して
いるのでは…?」と堂々巡りになり、混乱は増すばかりで、
必死にインターネットで情報を集め、とある本にめぐり合い、
すぐに取り寄せて読みました。
著者は、母子関係も専門としていらっしゃるお医者さんで、
会ってみたいと彼に相談したところ連絡を取ってくれ、
すがる思いで、当時まだ1歳の子どもを連れ、
飛行機に乗って何時間もかけ、会いに行きました。
ようやく、そこで自分はおかしくなかったと気づくことができ、
マインドコントロール状態から抜け出ることができました。
そのとき、「だまされた!」と感じたのを覚えています。
それから紆余曲折あり、彼に、カードや通帳を
全て取り上げられ、籠の鳥状態にされたことをきっかけに
「もうだめだ」と思い別居しました。別居してから1年半になります。
今は一切連絡は取っていませんし、
メールなどが来ても無視しています。
まともに関わったらダメだと思うのです。
彼と正面から立ち向かおうとすると、
必ず、アリ地獄にはまるような感じがしていました。
私が経験したものはいったい何なのでしょう。
これもモラハラと言えるのでしょうか?
自分の身に何が起こっていたのか分かるまで
10年かかりました。モラハラという言葉を知ったのは、
残念ながら調停後(調停は当然うまくいきませんでした)です。
それでもはっきりモラハラだと確信ができません。
かなりな長文で本当に申し訳ありません。
うまく短くまとめることができませんでした。
これもモラハラにあたるのでしょうか。
いずれ弁護士に相談するつもりですし、
ご意見いただけたら幸いです。