7年間、細く長くネットに関わってきた。そこから考えたことをお話します。
私がネットと関わるきっかけになったのは掲示板である。その掲示板は今も変わらず某システムの「会議場」のcgiを使っているが、これは1つ1つのレスポンスが1つのページとして残り、個人の発言を生きた情報として残すには最適なシステムである。まさしくその掲示板は書き込みの一つ一つが生命を持った情報になることを意図して作られたものだった。デザインはニュートラルな水色のみ。丁度2ちゃんねるを個別頁化して明るくしたような雰囲気だ。そこには雑談もぼやきもあり、雑談やボヤキの中にも情報は込められており、本当にいい掲示板だった。
5年前にホームページを立ち上げようとして結局挫折した。なぜならコンテンツの重さがサイトを構築する手間に比べて軽すぎたからだ。表現したいコンテンツがなければ、かかる手間は苦痛でしかない。そういうわけで、私はさまざまなHNを用いてあくまでも掲示板の中の人だった。
2000年頃に2ちゃんねるが台頭し、暇つぶしにROMをしていた。私は2ちゃんねるは良し悪しだと思っている。ただひとつだけ2ちゃんねるの凄いところをあげよう。それは、デザインが存在することを書き込む人、読む人に自覚させないサイトデザインであるということ。なぜならば、「ハッキング」から「今晩のおかず」までカバーするにはサイトのデザインは自己主張してはいけない。
私も1日の一言愚痴を書き込むために2ちゃんねる方式のしたらば掲示板を借りているが、深刻な話から、ダメダメ話までスレッドを作って書き込めるというのは便利だ。他の方式だと、AZAQの似たようなcgiやらKODAMAというところにも似たような貸し板があるが、後者2つはアイコンやら背景やらどうしても不要な自己主張をしてしまっている(用途を限定すれば便利だと思うが)。これはサイト側のユーザーへのコンテンツの方向性の誘導に相当すると思う。情報が限定されていれば、かわいい掲示板とかも大いに結構だと思う。しかし、内容を特定しない、懐を大きくする場合、そういう装飾は邪魔になる。2ちゃんねるにはそれが一切ない。メールアドレス欄はあってないようなもの、URLに至っては自分のHPとしては書き込めないし、http://の最初のhをとって乗せるのがサーバーの負荷から暗黙のエチケットとされている。
2ちゃんねるの場合、情報を選ぶのはユーザーだ。この点から言うと、2ちゃんねるにはサイトとして、こういう情報を限定して扱おうといういやらしさ(言い過ぎか)がない。実際、しりとりから司法試験、専門医試験、ハッキング・クラッキングまで扱っているのはある意味凄い。
さて、ブログシステムの面白さは過去ログをたどることにより自分の知りたい情報を取捨選択できるということだが、会社によってデザインに癖があり、そこに書き込まれた情報も品がよくなったり、下品になったり、可愛くなったり、可愛げがなかったり、同じ人のブログでも雰囲気が違うという事がままある。よくあるのが、ブログとミクシィとの違い。ブログの会社が変わると更新しにくくなったり、その逆があったり、スタイルが変わったり、こんなことを経験しているのは私だけではないはずだ。でもなぜだろう。
デザインはコンテンツを左右するし、そこを見る人の気持ちも左右する。はてなダイアリーに関しては難しいことばにはリンクがつくなど面白い機能がある。反面それをウザイと思う人もいるだろう。デザインはFC2に比べて縛りがきついがこれも味だと思ってみよう。現在、FC2にはあまりごてごて色々組み込まないようにしている。メルマガは35字改行というルールがある、ミクシィは見てほしい内容があるときだけ更新して、普段はブログをリンクしている。はてなは前述のとおりである。私はミクシィ以外の文書は全てワードで組んでいるのであまり関係がないかも知れないけど、やはり、コンテンツとデザインは関係が生じると思うし、書く人見る人ともに方向性を左右すると思う。2ちゃんねるは有能なツールだが、あそこにスレを立てて日記を書いたらどうなるだろうか?Yahoo!掲示板のスレッドで日記を付けている人は沢山いるけど、2ちゃんねるではどうなるだろう?2ちゃんの日記はきっととてもニュートラルなものになるだろうけど、一方で中学生にバカにされるだろう。ちょっとだけ興味がある。誰かやってみてくれないかな。
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初出:2005.11.9「サイトデザインとコンテンツ〜2ちゃんねるの凄さ」
「ぺのつく天使。」現、茶房店主日誌
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