病気をして、自分がどのように困っているかということをうまく伝えられなくて、もどかしい思いをしている人が沢山いらっしゃると思います。それは何科の病気でも同じことだと思います。
慢性病と共に生きていくことについて、精神科で最もポピュラーな統合失調症をモデルにお話を進めます。症状についていろいろありますが、この回では私が接してきている患者さんが日常生活・社会生活で困っていることについてあげます。その中でも、慢性病として生きていく上での困った点しか挙げません。今後の記事(メルマガhttp://www.mag2.com/m/0000175773.htmlで更新していきます)でその辺を埋めていきたいと思います。
平成14年8月に英語でschzophreniaという脳の伝達物質の不均衡が原因で起こる病気は、日本では精神分裂病から統合失調症と呼ばれるようになりました。これは当事者の皆さんの長年の願いが通じたものです。
この病気は全く他人の目からは見えません。ポピュラーな症状は、聞こえないはずの声が聞こえてくる(確率は少ないですが見えないはずのものが見える人もいます)、考えが盗まれる、自分が何者かにさせられているような感じがある、テレパシーを感じる、といった、かなり苦しいものです。そして自分の存在がこれらの幻覚・妄想により圧倒され、脅かされるような体験をします。これらを陽性症状といいます。しかし、1950年代の抗精神病薬の開発、そしてそれに続くお薬の進歩によりお薬を飲み続けることにより自分を苦しめる症状を抑え、また、症状の出現を予防することができるようになりました。
統合失調症の人が退院して病気も落ち着いてきたころに困ることは、良くなった後もお薬を飲み続けなければならないということです。薬を飲むところを見ていい顔をする職場は残念ながらあまりありません。
統合失調症の人はお薬を飲んでいれば陽性症状は抑えることができますが、残念ながら、お薬は眼鏡のようなものではありません。副作用は確実にあり、私は研修医のころに「落ち着いている患者さんは20kgの薬の重さを背負っていると思いたまえ」と教えられたものです。現在は非定型抗精神病薬に切り替えて薬の重さを軽くした方もいると思いますが、決して重さというものを考えないでお話はできないと思っています。
どうしても集中力がなく、やる気が出ない、人疲れしやすいというのもこの病気でよく困ったと相談されるものです。これらを陰性症状といいます。これらは周囲から、怠けているとか誤解されがちでまた苦しいものです。お薬の力ではなかなかよくなりにくいのが現実です。(最近のお薬で効果があるものも出てきました)
最も辛いのは家の中での意思が十分伝わらないため、病気の特性を家族でわかってあげられないためのトラブルです。また、統合失調症は若い方がなりやすい病気です。だから家族の人は自分の子供が病気になったことにとても罪悪感を感じ、反動で家族関係がうまく行かなくなることがあります。そのようなことから、統合失調症の家族会や、デイケアは大切なものなのです。(以前記事にした「[http://dv.nishima.org/text17002.html:title=家族として機能する精神科]」では、退院した患者さんが病院を訪ねてくるところを思い出しながら書きました)
これらのことは多くのところが慢性疾患に共通するところだと思います。分かってもらえない、薬の副作用は強い、薬で抑えきれない辛い症状がある、家族の中に葛藤が起こる。
子供に高価な健康食品を飲ませている親もいる、お布施を払い、祈りを続けている親もいる。本人も家族も何とか楽になりたい。このことは慢性疾患が何であれ共通することだと思います。
このことは、何とか助かって欲しい・助かりたいという気持ちもあると思いますが、それにしても正直なところ、病気と真っ向から向き合って生きることは辛い、治療は辛い。だから、つい、正式な治療以外の治療を求めてしまうということはあります。病気のことを頭で理解していても人間であればつい考えてしまうこと。頭で理解するのと、気持ちが納得するのは違います。
慢性疾患を持った人が自分を大切にし、あるいは家族に持った人がその人を守るためには、自分あるいは家族の病気について、「気持ち」が納得した上で理解しなくてはいけません。そのために主治医としての自分がどこまで援助できるのか、また、このようなネットテキストがどういう意味を持っていくのか−−−そういうことをnishimaだって考えちゃったりすることもあるのです。
<参考>
呼称は旧呼称ですが、正しい理解に役立つよう、コンパクトにできています。
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初出:MELT→茶房店主日誌 「慢性疾患と生きること〜統合失調症をモデルとして」
2005.8.22