品がない食べ方と言うのもあるし、品のないお金の使い方、品のないエッチというのもあって、この3つがそろってもそろわなくても大体異性には嫌われる。しかし、上3つのうちよりも人が見逃しがちなものがある。今日はそのことについてお話したい。
体の特徴とか、病気・障害でその人を「△△は○○だ」と決め付けて言うことは、実はとても品のないことではないかと思う。我々精神科医は時々パーソナリティ障害などの診断の文脈で、そういう間違いをすることもあるが、すぐに自分の愚かさに気がつく。
*以下、架空の話です(数個の症例を合成したケースです) *
1型糖尿病(インシュリンを自分で注射していなければ生きていけない障害)を持った、若い女性がいる。その彼女に彼氏が出来た。しかし、数週間で彼女から彼に別れを告げた。
私は彼女に「ねぇ、三拍子そろってよさそうな人なのに何で別れたの?」と尋ねた。彼女はこう言った。
「だってさぁ、あたしの病気があるから彼はあたしが自己管理のできる人間だって言うのよ」
「病気とパーソナリティって関係ないよね」
「彼の中では関係大有りだったみたい」
「ふ〜〜ん」
「それで、1型糖尿病の人間はそんなことをしないはずだ、って勝手に決め付けて…もう疲れちゃった。それに自己管理が出来てないから、具合が悪くなったり、合併症が出るんだろって言うの。もう一緒にいられないって感じ」
「彼」は一流大学を出てそれなりのキャリアを持ったエリートだった。彼は彼女のサポートを必要とするところを見ようとせず、彼女が病気のおかげで、自己管理が出来るところを、すなわち彼にとって都合のいいところだけを好きになったようだ。
ある日、彼女がある合併症があると、頃合いを見て彼に告白したところ、彼は激昂して彼女に罵詈雑言を浴びせた。そしてもうダメだと思った彼女は別れを告げ、彼の電話番号を着信拒否し、携帯メールもドメイン拒否、PCのメールも受信拒否したという。
「彼」の過ちは、病気でその人の人格を勝手に決めつけ、ありのままの彼女を 見ることを省略したことだ。それは自分以外の他者をきちんと見ようとしないエリートにありがちな視点で、人を見下した、まったく品のないことである。
「でもね、彼、私と付き合っていたときも2型糖尿病の患者(生活習慣病といわれる)は自己管理がなっていないって言ってて、そのあたりから変な人なのかなとあたしも思っていたんだ…」
彼の中では「清廉な悲劇のヒロインの1型糖尿病の彼女」と付き合っているということで自分の中のナルシシズム(この文脈ではエゴイズムに近い)を満たそうとしていたのかもしれない。どの道、彼はありのままの彼女を見ようとしていなかったし、完全に生身の彼女を無視していた。これは彼女を見下していたということに他ならない。
このことは極端な例に思われるかもしれないが、多かれ少なかれ、人は悪意もなしに気付かないうちにこういう心理に陥っていないか?病気の人間をヒーローに祭り上げることは、―――その実際の苦しさをわかろうとせずに祭り上げることは、実は見下していることと同じだということに気付かなくてはいけない。病気をすることは誰しもが苦しいし、辛い。偉い病気も卑しい病気もない。でも、気持ちの中で偉い病気と卑しい病気を作ってしまうことは、その人の存在自体を見ようとせず、病気という点だけでその人を見てしまい、結果 としてその人を見下していることになる。そしてそれは人間として品があることなのだろうか?私は3度そう言ってこの文章を閉じようと思う。
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