今日は病気とのお付き合いについて…この稿では あえて「患者さん」といわず「患者」表記をします。
精神科の病気に限らず、病気の治療の第一歩は「病気を受け入れる」ということから始まります。これを医療従事者はあたかも当たり前のことのように言いますね。だって仕事だもん。しかし、患者にとっては仕事じゃなくて人生。こんなところに医療従事者と患者の間の深くて暗い溝が横たわっているのである。
医学部では、患者の気持ちは教えない。患者の気持ちなんてぎりぎりまで追い詰められなくては、しかも自分で味わわなくては憶えない感情。かといって、持病もちの医者がいい医者かというと、私ははっきり否定する。というのは往々にして反動形成(手っ取り早くいうとへんな強がり)によって医療者は自分が 病気をした弱さを認めようとしないからだ。それに病気だからと言って手加減されるほど第一線の現場は甘くない。
だから、医師に病気の人の気持ちがわかることを期待するのは、なかなか難しいことだと私は思う。精神科の基本は傾聴と共感だが、 所詮共感のレベルでは役に立てないことが以前からわかってきた。しかし、世界観の中にまで入り込んでしまうのは、本来は職業としての立場を超えた逸脱行為である。
精神科医のなかには時々抗精神病薬を飲んでみたりするなど、「努力」する人もいるし、実験の被験者として規則服薬と採血を受ける人もいるけど、薬を飲むのが大変とか、その程度のレベルで患者の立場の人は「病気を受け入れがたい」のではないのである。 一歩下がって、
お医者さんへ。病気のあることでどういう不便がありますか?日常でどのような待遇を受け、どのような差別を現在この患者さんは受けるのですか?この患者さんの人生を考えたことはありますか? 自分が病気をしたときどうなると思いますか?
ひっくり返して、患者さんへ。病気をしたけど、今の状態をありがたく感じるのであれば、それを維持するためにはどうしたらいいのですか?今の状態が耐え難いのならどこが耐え難いのですか?どのようになったら楽になりますか? 悔しい感情は本来、どこに向けるべきなのですか?近い将来どのように生きたいのですか?
ゴングを鳴らしてみたものの、ますます深くて暗い川の川底を掘り返してしまったような気がする。でも、こういう問題ってあまり話されていないと私は思ったりするのだが…
唯一つ、患者の立場になった人へ。医者、特に身体科の医者は、よくて共感はしても、あなたを完全に理解をしてあげられない。だから徹底的に悩んで愚痴れる人に愚痴って、どこかで独り言をつぶやいてほしい。でもそれは人を憎むためでも誰かを恨むためでもなく、自分自身を理解して愛するため。誰もが自分以外に自分のことを理解は出来ない。自分のことをわかってあげられれば、病気のこともきっとわかってあげられると思うから。どんどん、いろんなところにロバの耳穴を掘ってほしいと思う。何よりも自分自身のために。
※ちなみに慢性疾患に伴う適応障害は精神科の介入範囲です。
※※nishimaが自分のために掘った「ロバの耳穴」はネットの各所に散らばっています。ハンドルは教えな〜い♪
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