職場から帰って、やっぱりいったん買い物をしてリフレッシュしないと駄目ですね。というのも職場の空気を引きづったまま家に帰るよりも買い物をしている方がさっぱりします。
といいつつ、今日は買い物を出来ませんでした。
自宅に帰って、鍵を開けようとするけれど開かない。鍵はいい感じに壊れた感じだし、どうしよう。そうこうしているうちに、自分が「自宅の鍵」ではなく「病棟の鍵」を自宅の鍵穴に差し込んでいたことに気がつきます。
精神科に勤務する人は病棟の鍵を持たされます。それはどこにでも使えるもので、遅くなって帰るときは病院の玄関に使えたりもします。そういうわけでやや御疲れの私が病棟の鍵を自宅に使おうとしてしまうようなこともあります。
そんなのお前だけだー、という同業者の声も聞こえますが、こんなこともあるんだー、と大声で叫んでみたりする安ちゃんでした。
今日の夕飯:手抜いてます。後ビールちょっと飲んだ。
にこにこ総合病院、精神科病棟、総回診のとき
患者さん:「アーガーギーグーゲー」(意味不明のことを唸って騒いでいる)
看護師さん:「Aさん、今回診だから静かにして」
患者さん:「アーガーギーグーゲーアーガーギーグーゲー」
看護師さん:「Aさん、今回診だから、お願いだから静かにして」
患者さん:「アーガーギーグーゲーアーガーギーグーゲーギーグーゲー!!!」
看護師さん:「Aさーーん!」
ひげ部長:「まるで、精神病院みたいだ…」
全員:「・・・・・・」
ひげ部長の寒いジョークはさておき、本当に今の精神科には、説得しても静かにしてくれない患者さんはたまにしか来ない。来ても何日か何週間かで、お薬で落ち着いてくれる。
また、精神病院という名称から精神科病院という名称に正式に変更というのは目出度い。ひげ部長が「精神病院」といったのはもちろん従来の精神病院の暗いイメージをおちょくったものに違いない。
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6月8日の朝
ひげ部長:「安ちゃん、レポートは出した?」
安:「外来終わってから出しますぅ」
6月8日の昼
ひげ部長:「安ちゃん、レポートは出した?」
安:「カップラーメン食べてからにしますぅ」
ひげ部長:「安ちゃん、いい加減にしてねっ#」
というわけで再びひげ部長の厳重な監視下で書類をチェックし直し、郵便局に向かう際
安:「ドナドナドーナドーナー♪」
ひげ部長:「何がドナドナなの」
安:「私のすることだから間違いが絶対あると思って…」
ひげ部長:「・・・・・・・いいから行ってきなさい」
6月8日の14時ごろ書留速達で提出したのでした。精神科医必須の資格で私は人生いろいろあって遅れていたのですが、初めてレポートを出しました。その日の夜に精神科全員でのみに行きました。題して、
こんな安ちゃんでも合格するかも知れない、みんな協力してくれてありがとう、今日は安ちゃんのおごりだ飲んでくれパーティ。
6月9日の午後、病棟にて
安:「やばいっ」
ひげ部長:「どうしたっ!」
安:「申請書にハンコ押すのを忘れましたぁー」
色々調べて、自分で名前を書いていればハンコはいらないとわかるまで資料をひっくり返し、こんな心臓に悪い思いは二度としたくないです。ああ、ドナドナ。
昨日こっそり告知していましたが、西宮侑里を西宮安里と直しました。理由は「ゆうり」がとても呼びにくく、陰のイメージが強いからです。ペンネーム変更に伴ってnishimaも使うのをやめ、普段は安里とか西宮とかにしますが、おそらく前者でしょう。ぶっきらぼうに
唐突ですがレポート、完成しました。後は明日の昼休みに抜け出して県に提出するだけ。でもその前にひと波乱ありました。
ひげ部長:「さて、安ちゃん、レポートにサインするぞ!」
安:「え、マジですか!!!」
ひげ部長:「あんたいつ出すつもりだったの?」
安:「14日…大安吉日だし…」
ひげ部長:「書いたらすぐ出すの!」
ひげ部長の監視下で残りの書類、署名、全部出来上がるまで頑張って、午後8時、本当に出来上がった!!!!!ひげ部長に感謝。
安:「部長、今日祝いにのみに行きましょう!」
ひげ部長:「あのねぇ、あんた飲みに行って明日起きれるの?」
安:「はっ!」
というわけで安里のおごりの飲み会はレポート提出後になり、安里は明日の昼休みまで「眠れないよう〜」「お腹痛いよう〜」と騒ぐことになったのですが、まあ、
なるようになるさ! 本当かな?
安里の幸運を皆様、祈ってくださいね。では明日早いのでもう寝ます。お休みなさい…
五月病は、英語ではstudent apathy(学生の無気力)といいますが、これは新しい学校や職場で慣れない環境に何とか適応しようとして、ほっとしたつかの間に抑うつ的になるというものです。
一方で気分障害(うつ病、躁うつ病、この二つは全く別の病気ですがDSMでは一緒くたになっている)のある人は気候の大きな境目である春先と冬の初めに大きく調子を崩すことが多いといわれています。病気として診断されないまでも、気分障害の傾向がある人はやはり春先や冬の初めに調子を崩すといわれています。
5月ごろ抑うつ的になる人が多いのは、適応しようというあがきにプラスして、春先に気分変動が来て抑うつ的になるという要因があり、それらが五月病の正体なのではないかと私は思います。
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実は書痙があるのだが、痙性斜頚になってしまった。
書痙というのは字を書こうとすると手が震えるもので、実生活では困るが病的なものではない。治療はベンゾジアゼピン少量だけど、字は震えるもんだ、そういうもんだと思っているから、私は治療してほしいと思わない。
今日気がついた痙性斜頚は首の筋肉が勝手に縮んで首が回ってしまう病気(?)である。これも治療はベンゾジアゼピン少量だけど首は回るもんだ、そういうもんだと思うのでつらいがこれも治療してほしいとは思わない。テレビを変なところにおいて見ているせいかもしれない。
ベンゾジアゼピンという薬は躁うつ病の急速交代型とはとても相性の悪い薬である。躁とうつの波がドハデに来るからだ。またベンゾジアゼピンはほとんどの人にはリラックス効果があるけど、あんまり長く飲み続けると感情をコントロールできなくなる人も出てくる。ただ、短期であればよい薬なので、処方されたら飲んでほしい。でもくれぐれも勝手に入手したりしないように(不法譲渡は禁止されています)。
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首が勝手に回るのを回らないようにコントロールするのもつらいなあ。と思いながら、首が回るままにテレビを見ている。「くず弁護士」見たいけど、4月からのエリアではTBS系入らないので残念。弁護士は「正義の弁護士」「悪徳弁護士」、という分類があるけど、医者はいい医者の代名詞は「赤ひげ」悪い医者は「藪医者」。医者に関してはまだまだ性善説なのだろう。
明日かあさって、引越しの谷間にメルマガでます。内容は「偽悪ちゃんが医者になるまで」を前座に「離婚裁判」の正義の弁護士・荘司雅彦さんの記事をいただきましたので注目です。
ああ、首が回るのがつらい。でもまだ回る首があるだけいいのだろう。春だな。
半端じゃなく太りました。使用前使用後7kgプラス。
主治医のトリシマには申し訳ない、と思いますが明らかに薬太り。ロドピン100mgになってからすこぶる調子はいいのですが、2ヶ月でこれが同一人物かというほどの太りよう。ある漫画家さんは統合失調症とのことですが、かつて彼女の薬太り(?)した写真をHPで見て、うむむむむむっ…と思ったのだけど、まさか自分がなるとは。
精神科的に根拠はないのですが(明らかに体重が増える薬は存在しますが)、精神的に落ち着くと体重は増えると思います。薬太りというものは存在する、でも治療のためならしょうがないとお仕事でも自分のことでも思っていました。私の場合は荒れ狂っているときは美容体重以下、落ち着いているときは美容体重〜平均体重の間に収まっていたのに。
とにかく、薬太りか、単に年齢的に太ったのか分らないけど、やせないと肉割れが出来てとても痛い。洋服も入らない、とても痛い。とりあえず夜中自分の太る音が聞こえる。やばい!!!
4月3日から通勤は往復40分歩きます。夜間救急外来から呼び出されても歩きます、はさすがに迷惑すぎるからやらないけど。とにかく痩せてやる!もちろんお薬は飲みますよーだ。薬なんかで太ってたまるかってんだ!(くれぐれも出されたお薬はきちんと飲みましょう)
すっげぇ大音量でエレキギターなのか何なのかよくわかんない音色が響いていた。そっちが気になって気になってしょうがないけど、3階の病棟のほうに急ぎの用事で呼び出されていたから、確認すらしなかった。
3階のスタッフに「なんか楽器の音がするよね?」と言っても自分たちの持ち場の出来事じゃないから「そうですか」というつれない返事しか返ってこなかった。
3階病棟での僕の仕事はもっぱら高齢の患者さんの身体管理、つまり内科。精神科って精神分析やカウンセリングばっかりしているイメージがあると思うけど、それは違う。圧倒的に体を診る方が多い。
脱線する。「診察しちゃうぞ」というキャッチフレーズのネット上の精神科医(?)がいるけれど「診察しちゃうぞ」、というのは、精神疾患の方やカウンセリング・精神療法が必要な病態の方には若干失礼なのではないかと思う。あんたおかしいから「診察しちゃうぞ」の匂いがするのは僕がおかしいからだろうか?普通なら「診察させていただく」だろう。ひとの心を扱うのは人の家の寝室に上がりこむような行為。だから失礼しますといってあがるもんだろう。しかし、「診察しちゃうぞ」な、平気で覗き込むような精神科医は実際には多い。
こんなときに、ああいう人たちとは世界観が違うのだと思う。どっちが正しいとかそういうのは実際病気を持った人に決めてもらうしかない。それを世界観の違いという。
閑話休題。
そして3階でのデューティを終え、階段を駆け下りると、2階の開放病棟でよく見かける患者さんが、達者にナイロン弦のクラシックギターを弾いている。エレキギターのように聞こえたのはチューニングが狂い、階段が音を変な風に増幅させていたからだ。
2階病棟詰め所に「患者さんがギターを弾いてたよ」といって入ると、スタッフが「ああ、中村さん(仮)ね」「ギター上手よね」と言う。確かに上手なのだけど、ほかの患者さんにうるさがられて仕方なく時々階段で弾いているのだという。
開放病棟には時々楽器を弾く患者さんがいて、仲良しになると長年の愛器を触らせてくれたりする。研修医のときにさび付いたフォーク弦を見ておられず、一緒に駅前の楽器屋まで行き、張り替えたこともあった。
こんな光景には、あるがまま認めるべき世界観はあっても、覗き込むべき深い心理なんかは間違っても出てこない。でも、患者さんに限らず誰にとっても生きていくには世界観が大事だと思って今日も中村さんの弾くギターの音に立ち止まる。
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*初出:2005.12.20茶房店主日誌「音色」